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# フェルメールの絵が並んだ・・・
福岡先生が監修されている「フェルメール 光の王国展」に行ってきました。
幸運なことにフェルメールの全37作品が並び、福岡先生の説明がつくという企画です。
先生はフェルメールの全作品を「リ・クリエイト」し、作品全てを時系列に並べることによって、フェルメールの人生、作品が描かれた背景など、いわば行間に浮かび上がる物語を読んでみたいという大変興味深い試みに挑戦されました。
この壮大な試みは、2007年に先生が掲げた誓い、「フェルメールの作品が所蔵されている美術館に赴いてフェルメールの作品を鑑賞する」ことから始まり、4年の歳月をかけてこの“巡礼”は完遂されました。
37作品のうち事情があって観ることができない作品が3作品あったそうですが、今回のリ・クリエイトではそれらを含む全ての作品が時系列で並んでいます。

それぞれの絵を見比べると、同じ女性、タペストリー、椅子があちらでもこちらでも描かれている、
女性の洋服が同じ、あれ、着回ししてる?ということに気づきます。
フェルメールはあまり豊かではなかったそうで、同じ場所、同じ洋服を繰り返し利用し、作品を描いていったようです。
オランダの運河に囲まれた小さな街、デルフトに生まれたフェルメール。
通りを隔てたすぐそばで、顕微鏡を作ったレーウェンフックも生を受けます。
フェルメールは完璧な遠近法によって三次元を二次元という平面に写しとり、窓から差す光と影の世界を描いていきますが、それには「カメラ・オブスクーラ」というレンズのついた暗箱を使用したのではないかといわれています。
カメラ・オブスクーラをフェルメールにもたらしたのは誰か?
アマチュアで顕微鏡を研究していたレーウェンフックではないか?と言われています。
フェルメールとレーウェンフックがレンズを通して見える光と影の世界にともに興奮し、魅せられていったと想像するとワクワクしますね。
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04/21 08:14 | 最近思うこと
福岡先生とちくわ
こんにちは。
2015年、早いもので3分の1が過ぎようとしていますね。
JAMAでは新学期がスタートし、向学心旺盛な素晴らしく意識の高い受講生の方々をお迎えしました。
お蔭様でありがたいことです。
今週は、人生の中で一番嬉しいと思う出来事がありましたので、JAMAブログに記録しておこうと思います。
何が起こったかって?
敬愛してやまない生物学の福岡伸一先生にお目にかかり、たくさんのお話とたくさんのご本にサインをいただくことができました。
先生の「生物と無生物のあいだ」というご本は大変有名ですので、お手にとられた方もいらっしゃるでしょう。
ちなみにJAMAの授業で皆様にお薦めしているご本は、「遺伝子はダメなあなたを愛してる」です。
この本は空色の表紙なのですが、サインをいただこうと持参したところ、「お~!これ読んでくださいましたか!○○さん、あなたのブルーの本を読んでくれてますよ~」と、その本の編集をなさった方にもお目にかかれましたので、大変感激いたしました。
熱い想いを持った専門家がコラボし、良書が生まれているのですね!

先生は2年ほどアメリカの大学へ留学され、この度ご帰国されたそうです。
あちらでどのような研究成果があったかというフレッシュなご報告がありました。
大変ワクワクする内容でしたが、近い将来、先生がこれに関するご本を出されると思いますので、楽しみに待ちたいと思います。アメリカでは、脳の研究はもう一段落しているのだとか。どの研究者がどの分野をやっているという陣取りが決まってしまっているそうです。
では、次にホットな分野は何か?というと消化管だそうです。
先日、Nスペで「腸内フローラ」を特集していましたね。ようやく来たか!と感じましたが、先生のお話を伺い、今後はさらに「ちくわ」に注目したいと思います。
「ちくわ」って・・・消化管はちくわに例えられるのです。
ちくわを覗くと向こう側が見えますね。身体の中のちくわ、つまり消化管も同じです。消化管の筒の内側は身体の外です。筒を通って栄養素などが吸収されると、身体の内側に入ったということになります。面白いですね。
04/18 14:31 | 最近思うこと
# 盆栽に開眼!
昨日、人生初の盆栽を作りました。
大宮盆栽美術館で数千万、億円クラスの超高級美術品としての盆栽を育てておられる先生から手ほどきを受けるチャンスをいただきました。

ファーストマイ盆栽は「長寿梅」、バラ科ボケ属で、四季を通して花が咲くそうです。
私、ボケが好きなんです。
3年もののか細い幹ながら、なかなか趣のある感じに曲がりくねって、トゲのある小枝を四方に伸ばし、たくましく天を仰いでいます。小さな丸みのある葉は淡い緑だったり、黄色だったり、少し指先ではらうとパラパラと根元に葉がこぼれ落ち、じきにすべて落葉してしまうそうです。
この長寿梅、しゃがんで木の根元から天を見上げると、まるで立派な日本庭園にいるような世界観があります。
ああ盆栽って面白い!
ビビッときました。

どのように枝をカットするのでしょう?
盆栽は、やはり「ふ~む」と言いながら、パチンパチンと鋏で枝を整えるイメージですよね。
「ふた芽、ふた芽、と言うんですね・・・」と先生。
枝の根元から芽2つ分先にいった所をカットするというのが目安だそうです。

この枝は伸びるとよくないな・・・と思うときもありますが、その時に切らず、しばらく辛抱すると、後々大変すばらしい枝ぶりに変身することがあるそうです。
物事の善し悪しを焦って判断しないように、と教えてくれているようです。
これって子育てにも言えることですね。
将来ろくなことにならないと思って、親が早めに悪い芽を摘んだつもりでいると、それはとてつもない学びのチャンスだったとか、才能の片鱗だったということがあります。

若いママたちに盆栽ブームが起こらないかしらん。






11/29 00:21 | 最近思うこと
セカンドオピニオンのタイミング
最近、ある認知症の方のご相談で経験したことです。
その方はアルツハイマー型認知症で、この病気でよく使われるアリセプトという薬を主軸に、症状の進行とともに他に2種類の薬をご利用になっていました。だんだんと幻覚やパーキンソン病のような小刻みな歩き方、手の震えなどが表れ、運動好きだったのにすっかり活動量が減り、日中も寝ていることが多くなってしまいました。
最近は怒りっぽくなってしまい、担当の医師からは「これはアルツハイマーの進行だからしようがない」というお話なのですが大変です・・・というご相談でした。
ずっと時間経過を辿っていくと、症状の進行というにはあまりに急激に悪化しており、ご家族の介護負担が増していました。

セカンドオピニオンに行って、今の治療がベストかどうかを再検討するタイミングのように思えました。すぐに学会の研究報告を調べながら、おすすめできる病院を選びました。
さて、セカンドオピニオンで判明したことは、「急激に悪くなっているのは病気の進行ではなく、薬の処方が合っていないためで、怒りっぽくなっているのもそのせい。そもそもこれはアルツハイマー型ではない」というものでした。

大変有名な病院で治療を受けておられたので、まさかセカンドオピニオンに行って診断がくつがえり、薬の処方が症状の悪化を招いていると言われるとは想像もしないことで、ご家族は大変ショックを受けておられました。
その後はすぐにそのセカンドオピニオンのドクターへ治療をお願いし、薬の見直しがなされて、急激に表れた症状がおさまり、この先どうなってしまうのかというご家族の不安な気持ちにも光が差し始めたようです。

アルツハイマー型認知症は現在完治できる薬はなく、症状の進行を抑えることしかできません。でも、それだけに盛んに研究される分野であり、様々な考えをもつ専門医がおられます。
治療がうまくいっていないと患者様やご家族が感じたときは、おそらくその感覚は正しいのです。
たとえ治らない病気といわれるものであっても、本当にこれしかないの?、新しい薬はないの?一番新しい研究ではどこまで解明されているのだろう?と、ぜひ希望を探してみましょう。
その手伝いをするのが私たちです。

「セカンドオピニオン」というと、がん治療などでどの病院にするかを決める前に行くことが多く、いったん一つの病院と関係ができると、その病院を信頼していればいるほど、途中で他の病院へセカンドオピニオンに行こうとは思わないかもしれません。
でも、”発想の転換”が運命を分けることがあります。



11/08 05:57 | 最近思うこと
Nスペ【臨死体験の謎に迫る】を見て
昨日NHKスペシャル【臨死体験の謎の迫る】をご覧になったでしょうか?ジャーナリストの立花隆さんが世界的に著名な脳科学者に次々と取材し、自身の考察を深めていくという展開で、とても面白かったのです。
きっと再放送があると思いますが、見逃した方のために内容をを少しご紹介します。

臨死体験というときれいなお花畑やまばゆい光の世界に包まれる、神様に会った・・・など、人種を超えてその体験はほぼ共通するようです(地獄で焼かれた・・・といって戻ってくる人はいませんね)。
研究者の間でも、人が死ぬとき心臓が止まり、それと同時に脳の活動も止まるということが定説だったのですが、新しい研究で心臓が停止した後もわずかな時間、脳の活動が続くことがわかったそうです。
(コレには立花さんも驚いておられましたが、私も鳥肌が立ちました・・・)

脳の神経細胞のネットワークは「クモの巣」のようなイメージだそうです・・・(脳の神経細胞は体の細胞とくらべると長くてユニークな形ですが、神経細胞同士のネットワークが「クモの巣」なんだ!と想像すると、より一層美しいですね、雨に濡れたクモの巣はナント美しいことか!)。

臨死体験とはもうすぐ訪れる死を前に、脳が最後の力を振り絞ってドーパミンなどの快物質をその脳内の「クモの巣」に振りまき、カラダが永遠の眠りに向かって動きを止めるなかで、逆行するように「目覚めよ!」という命令が出る、そのため、脳は幽体離脱という状態でそれを認識するのではないか?というのです。

(醍醐味はここから・・・)このしくみは脳の辺縁系といわれる「古い脳」の働きで、私たちは死ぬ間際このような美しい景色や懐かしい人々に迎えられるイメージをもちながら安心してあちらへ行けるよう、脳にプログラミングされたギフトを持っているのではないか?というのです(なんだか全身の力が抜けて涙が出てきました)。

「死」はずっと昔から人類のを最大の恐怖ですよね。宗教、心理学、様々な文学や芸術作品を見てもずっと「死んだらどうなるのか?」「死後の世界はこわいんじゃないか?」というのを想起させるものです。
でも、私たちのカラダには此岸から彼岸へ安心して行けるしくみがある。死は恐れるものではないのかも・・・と思えてきました。

ちなみに来期のJAMAは上級生のクラスで「脳」をテーマにします。
幽体離脱のメカニズムは脳のどういうはたらきか?ということは、遠くない将来より明確になるかもしれません。
でも、「なぜそのメカニズムが用意されているのか?」は科学が答えられる領域ではなく、私たち一人ひとりが大切にしている信条や考え方に委ねてよいのではないか・・・番組の中で一人の脳科学者がおっしゃったその言葉が胸に響きました。
09/15 13:01 | 最近思うこと
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